くような一声。それは確かに女の声で、その声ともろともに、バッタリと人の倒れる音、それが自分の坐っている窓の下で起ったのだから、金を封じてはおられません。
すっくと立って、窓を押し開いて外を見ました。
未申《ひつじさる》のあたりに月があって、外面《そとも》をかなり明るく照していましたから、老人の眼にもはっきりとわかります。
その窓の下の溝《みぞ》のところに、確かに人が斬られて横たわっています。斬られたのは、たった今で、声こそ立てられないけれど、手足はまだピクピクと動いているものらしくあります。
老人は愕然《がくぜん》として、その道筋の左右を見廻すと、お竹蔵の塀について、榛《はん》の木《き》馬場の方へふらふらと歩いて行く一個の人影を認めないわけにはゆきません。その人影は、頭巾《ずきん》で覆面をした武士の姿に相違ないことも、お倉の壁に反射した月の光で明らかに認めることができるのであります。しかも、それが悠々としてというよりは、ふらふらとして足許危なく歩いて行くのは、或いは傷ついているのかとも思われるほどです。けれども、ガラリと窓をあけた途端に、その覆面の武士はひらりといずこへか身を隠
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