り、また札差《ふださし》をさんざん強請《ゆす》るようなことが、少なくとも己《おの》れの家に限ってはその憂いのないことと、利が利を産んで行く未来の算をしてみると、いつも一種の得意に満たされて、言わん方なき快感を催すのでありました。その快感に浸《ひた》されながら、枕について夢を結ぶのが十年一日の如く、この老人の習慣でありました。
そうかと言って、この老人は吝嗇《けち》と罵《ののし》られるほどに汚い貯め方をするのでもありません。相当のことだけはして、誰にもそんなに見縊《みくび》られもせずに伸ばして行くところは、なかなか上手なものです。今も老人はその算当をしてしまって、幾片《いくひら》かの金を封じにかかると、その窓の下でバタバタと人の走る音がしました。
「はて、今時分」
と封じ金をこしらえる手を休めて老人が小首を傾《かし》げました。老人もかなり夜が更け渡っていることは知っているし、またこの時分は江戸市中がどことなく物騒で、夜更けなんぞは滅多にひとり歩きをするものもないことなぞは心得ているのであります。それを今、窓下でバタバタと人の足音がするから変に思いました。
「あれー、助けてエ」
絹を裂
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