かげんのところで消えると、それから魚の話にまでうつって行きました。遠藤老人は、人からそそのかされて、得意の投網の話をはじめると、いずれも謹聴しました。
道庵先生は、そんなことにさまで興を催さないから、思わず大欠伸《おおあくび》をすると遠藤老人は、道庵先生の席を顧みて、
「これはこれは、道庵先生、久しくお見えなさらんな、相変らずお盛んで結構、ちとやって来給え」
「遠藤の御隠居、暫くでございましたな、相変らず投網の御自慢、さいぜんから面白く拝聴しておりますよ、実は拙者もあの方は大好きで、ついお話に聴き惚れて、夢中になって大欠伸をしてしまいましたよ」
「は、は、は、しかしまあお世辞にも先生が、我が党の士であってくれるのは嬉しい」
「ところが、拙者は投網の方はあんまり得手《えて》ではございませんよ、その代り釣りと来たら、御隠居の前だが、おそらく当今では稀人《まれびと》の部でござんしょうな」
「ははあ、先生、釣りをおやんなさるか、ついぞ聞きそれ申したがそれは頼もしいこと」
「君子は釣《ちょう》して網《もう》せずでございますな、いったん釣りの細かいところの趣味を味わった者には、御隠居の前だが、網
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