なんぞは大味《おおあじ》で食べられません」
「なるほど、それも一理」
「拙者はまた天性、釣り上手に出来てるんでございますよ、拙者が綸《いと》を垂れると魚類が争って集まって参り、ぜひ道庵さんに釣られたい、わたしが先に釣られるんだから、お前さん傍《わき》へ寄っておいでというような具合で、魚の方から釣られに来るんでございますから感心なものです」
「そりゃそうあるべきもの、不発《ふはつ》の中《ちゅう》といって、釣りにもせよ、網にもせよ、好きの道に至ると迎えずして獲物《えもの》が到るものじゃ」
「全くその通りでございます、だから世間の釣られに行く奴が、馬鹿に見えてたまらねえんでございます」
「そこまで至ると貴殿もなかなか話せる、ぜひ一夕《いっせき》、芝浦あたりへ舟を同じうして、お伴《とも》を致したいものでござる」
「結構、大賛成でございます、ぜひお伴を致しましょう」
「しからばそのうちと言わず、今夕、この会が済み次第、舟を命ずることに致そう、おさしつかえはござらぬか」
「エ、今夕、今日でございますか。差支えはねえようなものだが……」
道庵先生はハタと当惑しました。実は先生、行きがかり上、釣りが
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