遊んだと思召《おぼしめ》せ、その席へ幇間《ほうかん》が一人やって来て言うことには、ただいま拙《せつ》は、途中で結構なお煙草入の落ちていたのを見て参りました、金唐革《きんからかわ》で珊瑚珠《さんごじゅ》の|緒〆《おじめ》、ちょっと見たところが百両|下《した》のお煙草入ではございません……てなことを言うと、それを聞いた高島が吃驚《びっくり》して腰のまわりを探った様子であったが、やがて赤い面《かお》をして腰から自分の煙草入を抜き取ってね、中の煙草を出して丁寧にハタいて、それを幇間の前へ置いたものさ。幇間が吃驚して、そんなわけじゃございません、旦那様をかついだわけではございません、なんて言いわけをするのを、高島が言うことには、なにもお前らにかつがれたところが恥と思うおれではない、ただ煙草入を落したものがあると聞いて、自分の腰を撫でてみたおれの心が恥かしいと言ったものさね。それで幇間にその煙草入をくれてしまった、それが薄色珊瑚の緒〆に古渡《こわた》りの金唐革というわけだ。その後はこの通り八十文の千住の紙の安煙草入、おれの持っているこれと同じやつ、これよりほかにあの男は持たなかったはずだ。だからお
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