れはこの煙草入を見ると、高島の野郎が懐しくってたまらねえ。そりゃ高島が二十代の時分のことでしたよ……どういうわけでお前、おれが高島とそんなに懇意であるかと言ったところでお前、あれも今いう通り長崎の生れなんだろう、それにお前、医者の方であの男は打捨《うっちゃ》っておけねえ男なんだよ、今でこそ種疱瘡《うえぼうそう》といって誰もそんなに珍らしがらねえが、あれを和蘭《オランダ》から聞いて、日本でためしてみたのは、高島が初めだろうよ。そんなわけで、あの男は金があった上に、おれよりも少し頭がいいから世間から騒がれるようになったのさ。拙者なんぞも、このうえ金があって頭がよくって御覧《ごろう》じろ、じきに謀叛を起して日本の国をひっくり返してしまう、そうなると事が穏かでねえから、こうしてみんなにばかにされながら貧乏しているのさ、つまり人助けのために貧乏しているようなわけさ」
 道庵がこんなことを言って、一座をにがにがしく思わせているうちに、やはり高島秋帆のことが話題になって、次に江川太郎左衛門のこと、それから砲術の門下のことにまで及んでついに、
「時に、あの駒井甚三郎は……」
と言う者がありました。

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