え、拙者を臆病と知りながら、こんなところへ送り込んで、生きながら化物の餌食《えじき》とするなんぞは。いっそ、殿様をお起し申そうか。お起し申したって、死んだも同じように寝癖の悪い殿様だ、なんにもなりゃしねえ。おやおや、いよいよこっちへやって来るぜ、下駄の音がだんだん近くなるぜ、あれ、もう飛石の上のあたりを歩いているんだ。弱ったなあ、とてもこうしちゃいられねえ、何か得物《えもの》はねえかな。得物があってみたところで、おれの腕じゃあ納まりがつかねえ、殿様のお寝間の中へ潜り込んでしまおうか。さあ大変、雨戸へ手をかけたぞ。雨戸には錠《じょう》が下ろしてあるんだろうな、お角さん忘れて錠を下ろさずに行くなんて、そんな抜かりのある女ではなかろうはずだが……化物のことだから、戸の隙間から入って来て、金助さんお怨《うら》めしいなんぞは有難くねえな。おやおや、あけた、あけた、なんの苦もなく雨戸をサラリとあけたぜ。さあ、いよいよ堪らねえ。あれあれ、廊下がミシリミシリ言うぜ、やって来た、やって来た、おいでなすった」
 金助は驚き怖れて、蒲団《ふとん》を頭からスッポリ被《かぶ》って息を凝《こ》らしていました。これ
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