ましたが、これには仔細がありそうでございますので、物蔭へ忍んで御様子を窺《うかが》いましてございます」

         十四

 お角に代って染井の化物屋敷へ、神尾主膳を送り込んでその一間へ休ませた後、金助は次の間へ入って煙草をふかしています。
「なるほど、こいつは化物屋敷だ、これだけの構えに、主人のほかには人っ気が無えというのが全く人間放れがしている、何だかこうしているとゾクゾクして淋しくてたまらねえ、身の毛がよだつようだ。おやおや、この浴衣《ゆかた》、吉原田圃で転んだ拍子に、こんなに泥だらけになっていたのを今まで気がつかなかったのはおそれ入る、気がついてみればこんなものは、一刻も身につけてはいられねえ。はてな、きがえはねえかな、こんな場合だからお殿様のお召物であろうとも、お部屋様のお召替であろうとも、何でも構わねえ、手当り次第に御免を蒙《こうむ》って……」
 金助はあたりを見廻すと、衣桁《いこう》に鳴海絞《なるみしぼり》の浴衣があったから、それを取って引っかけて、なおも煙草をふかしている耳許でブーンと蚊が唸ります。
「おやおや、蚊が出やがった、おお痒《かゆ》い、痒い、こいつはた
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