した。
「おお、そのお方は神尾の殿様」
「この人を神尾主膳殿と知っているそなたは?」
「まあ、神尾の殿様でございましたか、よいところでお目にかかりました。殿様をお迎えのためにわたくしは吉原へ飛んで参るところでございますよ、ここでお目にかかろうとは存じませんでした」
女は喜んで、兵馬の抱いている男を神尾主膳と認めてしまいました。この女というのは、女軽業のお角です。
「いかにも、この方は神尾主膳殿であるが、そういうそなたは?」
兵馬は再び、お角の身の上を尋ねました。
「これは御免下さいまし、つい慌《あわ》ててしまいまして、申し上げるのを忘れてしまいました、わたくしはこの殿様の……この殿様のお屋敷の奉公人でございます」
「ああ左様か、しからばこの神尾殿のお住居を御存じであろうがな」
「エエ、それは申し上げるまでもございませんが、それよりはこの殿様のお連れのお方は……お連れ様はどちらにおいででございましょう」
「ナニ、この神尾殿に連れがあったのか」
「はい、あの……」
お角はここで竜之助の名を言おうとしました。その変名は時によっては吉田といった、時によっては藤原といったりする、その人の名
前へ
次へ
全200ページ中135ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング