もらったから、女はそこへ手をついてお礼を言いました。
「これは、どちらへおいでなさる」
「はい、吉原へ用事がありまして、山下から頼んで参りました駕籠が、この始末でございます」
「お送り申して上げたいが、拙者もちと急な用事がある……」
「もう、ついそこでございますから、ひとりで参ります」
「吉原は今、あの通りの騒ぎで、うかと近寄れまいと思われるが、用心しておいでなさい」
「有難うございます、いずれ用事が済み次第、お礼に上ろうと存じますが、あの、お住居《すまい》はどちら様でございましょう」
「ナニ、左様な御心配には及ばない。やあ、また吉原の騒ぎが大きくなったようじゃ」
「何でございましょう、あの騒ぎは」
「歩兵隊が入り込んで、乱暴をはじめたのでござる」
「わたしの知合いの人が、ちょうど、吉原に行っていますものでございますから、気が気ではありません。それではこのままで御免下さいまし」
女がそのまま駈け出すと、暫くして、
「アッ!」
「危ねえ、気をつけやがれ」
またしても闇の中でバッタリと突き当ったものがあって、女はよろよろとしました。さては逃げ去ったと見せた悪い駕籠屋共が、まだその辺に潜
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