ている間の道を通って、時々後ろを振返りながら、前へ急いで行く面《おもて》を見れば、それは宇津木兵馬です。その背に引っかけられているのは神尾主膳に紛れもありません。兵馬はこの辺の道筋をよく知らないけれども、向うに黒く見えるのが上野の森であろうとの見当から、ともかく、あの上野の森をめざして行こうとするつもりであるらしく思われます。
「おや、お前たちは、わたしをどうしようというんだい」
 畑の中で金《かね》を切るような声がしたから、兵馬は足を留めました。
「いいから、そんなに怒らないで、駕籠に乗ってお戻んなさいましよ」
「乗ろうと乗るまいと大きなお世話じゃないか、どいておいで、邪魔をしないで、お通し」
「そんなわからないことをおっしゃるもんじゃあございませんよ、山下の立場《たてば》から吉原まで二百五十のきまりの上に、多分の酒代《さかて》までいただいてあるんでございますから、今更どうのこうのっていうわけじゃございませんよ」
「何でもいいから、お通し、先のことが心配になって、気が気じゃあないんだから、通しておくれ」
「いけませんよ」
「この野郎」
 女の方が腹を立って、ピシャリと男の頬を撲《なぐ
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