》って十八文じゃあ、あんまり安い、五割ぐらい値上げをしろ」
 口ではサボタージュみたようなことを言いながら、その働きぶりのめざましさ。
 主人の道庵先生は、こんなにして働いているのだから、先に返した駕籠に乗って帰った人が先生でないことは勿論《もちろん》であります。先生でなければ誰。医者か病人に限って乗るべきはずの切棒の駕籠、それに医者が乗って帰らなければ、病人に違いない[#「い」は底本では脱落]。

         十三

 酒井の市中取締りの巡邏隊に追い崩された茶袋の歩兵は、彼処《かしこ》の路次に突き当り、ここの店の角へ逃げ込んだのを、弥次馬がここぞとばかり追いかけて、寄ってたかって石や拳で滅茶滅茶に叩きつけて殺してしまいました。その屍骸《しがい》があちらこちらに転がっているのは無残なことです。この騒ぎが、漸《ようや》くすさまじくなりはじめた時分、ちょうど宇治山田の米友が、屋根の上から飛び降りた時分のことであります。若い武士が、肩に一人の人を引掛けて刎橋《はねばし》を跳《おど》り越えて、そっと竜泉寺の方へ逃げて行くらしい姿を見ることができました。一方は田圃《たんぼ》、一方は畑になっ
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