。外へ出しては骨無しみたような先生が、この野戦病院の中で縦横無尽に働く有様は、ほとんど別人の観があります。打身《うちみ》は打身のように、切創《きりきず》は切創のように、気絶したものは気絶したもののように、繃帯を巻くべきものには巻かせたり巻いてやったり、膏薬《こうやく》を貼るべきものには貼らせたり貼ってやったり、上下左右に飛び廻って、自身手を下し、或いは人を差図して、車輪に働いているところは、さすがに轡《くつわ》の音を聞いて眼を醒ます侍と同じことに、職務に当っての先生の実力と、技倆と、勉強と、車輪は、転《うた》た尊敬すべきものであると思わせました。
ただあまりに勉強と車輪が過ぎて、火鉢にかけた薬鑵《やかん》の上へ膏薬を貼ってしまったり、ピンピンして働いている男の足を取捉まえて繃帯をしてしまったりすることは、先生としては大目に見なければなりません。
「こう忙がしくっちゃあ、トテもやりきれねえ」
ブツブツ言いながら、先生はついに諸肌脱《もろはだぬ》ぎになって、向う鉢巻をはじめました。その打扮《いでたち》でまた片っぱしから療治や差図にかかって、大汗を流しながら、
「こんなに人をコキ遣《つか
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