こう言って叫び出すと、例の梯子を小脇に掻《か》い込んで、二階の屋根の上からヒラリと身を躍《おど》らして、その騒動の中心へ飛び下りたものです。
「やいやい、そりゃ、おれの恩のある先生だ、その先生に指でもさすと承知しねえぞ」
人の頭の上をはね越して行った宇治山田の米友が、例の二間梯子を小車のように振り廻して、茶袋を二三名振り飛ばしたから騒ぎがまた湧き上りました。
宇治山田の米友は今やこの梯子一挺を武器に、あらゆる茶袋を向うに廻して大格闘にうつろうとする時、遽《にわ》かに群集の一角が崩《くず》れました。
「酒井様のお見廻りがおいでになった、それ、御巡邏隊《ごじゅんらたい》がおいでになった」
なるほどそこへ現われたのは、当時市中取締りの酒井|左衛門尉《さえもんのじょう》の手に属する巡邏隊の一組です。
それを見ると、茶袋の歩兵隊の中からまたしても鉄砲の音が聞え、楼々《いえいえ》店々《みせみせ》の畳を担《かつ》ぎ出して、それを往来の真中へ積んで楯《たて》を築くの有様でありました。しかしながらこの騒動はやがて静まって、酒井の巡邏隊が万字楼の前を固めた時分には、もう米友の空《くう》に舞わ
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