放《ぶっぱな》すというのは、おそらく前代未聞だろう」
「それにしても宇津木はいったい、どこの何という店にいるのじゃ」
「それがわからないから困ったのよ、あの娘たちに頼まれてここまで出向いて来たけれど、娘たちはただ吉原とばかりで、吉原の何町の何という家へ行ったのだか一向知らん、吉原とさえ言えばそれでわかるように思うているところが、娘たちの身上だ」
「もし宇津木の身に間違いでもあられては、せっかく頼まれて来た我々が娘たちに対して面目がない」
「そうかといってこの場合、迷子《まいご》の迷子の宇津木兵馬やあいと、呼ばわって歩くわけにもゆかない」
「困ったものじゃ」
 二人の浪士は下の光景を見ながら、しきりに困惑しているようであります。
 この二人の浪士は、さきに宇津木兵馬と共に甲府の牢を破って出た南条と五十嵐とであります。
 この時、下界のこの混乱の中へ、どこをどうして紛《まぎ》れ込んだか一挺の駕籠《かご》がかつぎ込まれたのは、奇観ともなんとも言いようがありません。さてはいかなる勇士侠客が仲裁に来たのかと、さしもの群集が暫く鳴りを静めて見つめているうちに、
「ナーンだ、お医者さんか」
と呆《あ
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