「お武家さん、ひとつこの屋根へ登って、見物しようじゃねえか」
「こりゃ梯子、時に取っての見付物《めつけもの》だ」
この場合において恰好《かっこう》な見付物であり、機敏な思いつきでもあると感心し、二人の浪士はお辞儀なしに、梯子を登り出し、垂木《たるき》のあたりへ手をかけて、上手に屋根の上へはね上りました。
二人を先に登らせておいて米友は、二人よりはいっそう身軽に屋根の上へはね上ってしまい、梯子に結んでおいた縄を引くと、梯子は刎橋《はねばし》のようにはね上ります。廂《ひさし》の屋根から三階の屋根へもう一度、梯子をかけて三人は、またあいつづいて二階の屋根へ飛び上りました。
「ははあ、万字楼の前に集《たか》っている、あれが歩兵隊の者共だな」
「恥を知らぬ奴等じゃ、こんなところへ来て、騒がしてみたところで何の功名になる」
「もとよりあれは、歩兵隊とはいうけれど、市井《しせい》の無頼漢、幕府も人を集めるに困難してあんなのを集めて、西洋式の兵隊をこしらえようというのだから窮したものじゃ」
「さいぜん、鉄砲の音がしたようだけれど、あの連中、鉄砲を持って来たものと見えるな」
「吉原の廓内で鉄砲を打
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