いいえ、こうして参上致しました以上は、お尋ね申した御返事をお聞き申すまでは、この座を立ちませぬ」
と言いながら兵馬は、右の腕を伸べて、外側から大きく神尾主膳の首を抱きました。
「汝《おの》れ、この主膳を……手込めにしようとするな」
「お返事をお聞き申すまでは、こうしておりまする」
 兵馬は外から大きく神尾主膳の首を抱くと共に、力を極めてそれを自分の胸へ押しつけました。
「アッ、苦しい」
 主膳は苦しがって眼を剥《む》きました。苦しがったけれども、これは金助とは違います、たとえ今の自分が世を忍ぶ身であろうとも、かりにも神尾主膳ほどのものを捉《とら》えて、腕力で強迫して物を尋ねようとは言語道断の無礼であるという怒りは、その苦しさと一緒にこみ上げてきました。いわんや年もゆかぬ小童《こわっぱ》、見も知らぬ推参者にかかる無礼を加えられては、死んでも弱い音《ね》は吹けないのが神尾としての身上《しんじょう》であります。それだから苦しいのを堪《こら》えて、ジタバタしながら兵馬を押し退けて、刀を抜こうとするのであります。
「さあ、お聞かせ下さるか、それとも」
 こうなった以上は、兵馬もまた力ずくでありま
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