かりしんとう》に発したようでしたけれども、その間に多少の不安もあるようです。
「机竜之助の行方をさえお知らせ下さるならば、そのほかには、あなた様に御用のない私でござりまする」
「知らん、右様《みぎよう》な者は知らんと申すに」
 主膳は堪《こら》え兼ねて兵馬の隙をうかがい、刀の柄《つか》に手をかけました。抜打ちに斬って捨てようとするものらしい。
「それはかえってお為めになりませぬ」
 兵馬は主膳の手を押えました。
「放せ」
「左様にお手荒なことをなさると、場所柄でござりまする、あなた様のお名前が出まする」
「憎い奴だ」
 主膳はもがくけれども、兵馬に押えられて刀を抜くことができません。
「あの机竜之助と申す者は、拙者のためには敵《かたき》でござりまする、あの者を討ちたいがために多年、拙者は苦心致しておるものでござりまする、どうぞ武士のお情けを以て、その行方をお知らせ下さりませ」
「知らんと申すに、くどい奴じゃ」
「これほどに申し上げても」
「知らぬものは知らぬ、近ごろ珍しいほど執念深い奴じゃ、その分で置くではないけれど、拙者もこのごろは世を忍ぶ身じゃ、今日は許しておく、帰らっしゃい」

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