ます。お知らせ致しますけれども、決して私が申し上げたように神尾の殿様へおっしゃっては困ります、私が恨まれますからな。さあ御案内を致しましょう。御案内は致しますけれども、多分その茶屋だろうと思いますので……そこにおいでなさるかどうか、もし、そこにおいでなさらなくても私のせいではございませんから、それで御勘弁なすって下さいまし」
「早く行け」
「あれでございます、たしかあの相模屋というのからおいでになったようでございます、あれを尋ねてごらんなさいまし、私はこの天水桶の蔭に隠れておりますから、どうぞ私の名前はお出しなさらないように、そっと当ってみておくんなさいまし」

「神尾殿の許《もと》まで参りまする」
 兵馬は相模屋の店先へ軽く挨拶して、その足で座敷へ上ろうとする。
「はい、お二階にお休みでござりまする」
 自分が軽く出たから茶屋の者も軽く受けました。兵馬は早速二階へ上り、屏風の中に鼾《いびき》をかいて寝ている人の枕許へ近寄って、
「神尾殿、主膳殿」
「う、う、うむ」
 呼び醒《さ》まされた主膳は、唸《うな》るようなことを言って寝返りを打ちました。
「神尾主膳殿」
 兵馬は、主膳の枕許の
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