友はしきりに感心して、近藤勇がはるばる京都から、江戸にいる養父周斎の許《もと》へ宛てたという手紙のうつしを、読んでもらって聞いてしまいました。
 その途端《とたん》に、江戸町一丁目あたりで、つづけざまに二発の鉄砲が起りました。
 米友も驚いたが、二人の浪士も驚いて立ち上ります。
 この時分、万字楼の前で、十余人の茶袋がみんな刀を抜いて振り廻し、多数の弥次馬がそれを遠巻きにして、一人残さずやっつけろと叫んでいる光景は、かなりものすさまじいものでありました。
 その最中、取巻いた群集の後ろで不意に二発の鉄砲が響きました。それと共に哄《とき》の声を上げて一隊の歩兵が――どこに隠れていたものか知らん、刀を抜いて群衆の後ろから無二無三にきり込んで来たので、吉原の廓内《くるわうち》が戦場になりました。
 酒宴半ばにこの騒ぎを聞いた神尾主膳は、さすがに安からぬことに思いました。
 そこへ、主人が飛んで来て、
「ごらんの通りの始末でございます、お客様に万一のお怪我がありましては、申しわけのないことでございます、何卒、この間にお引取り下さいますよう、御案内を申し上げまする。あれは歩兵さん方でございます、
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