多いそうじゃ」
「どうも困ります、あの歩兵さんたちは弱い者いじめで困ります、わたくしどもの方や、芝居町の者は、みんな弱らされてしまいます」
兵馬は往来に面するところの障子を開いて見下ろすと、なるほど、かなり酔っているらしい一隊の茶袋が、この万字楼の店前《みせさき》に群がっている様子であります。様子を聞いていると、どうやらこの楼《うち》へ直接談判《じかだんぱん》をして、この一隊が登楼しようとする。店ではなんとか言葉を設けて、それを謝絶しようとしているものらしく聞えます。
「我々共を何と心得る、神田三崎町、土屋殿の邸に陣を置く歩兵隊じゃ、ほかに客があるなら断わってしまえ、部屋が無ければ行燈部屋でも苦しくない」
「どう致しまして」
茶袋は執念《しゅうね》く談じつける。店の者はそれを謝絶《ことわ》るに困《こう》じているらしくあります。
十一
宇治山田の米友が吉原へ入り込んだのは、ちょうどこの時分のことであります。
米友は頬冠《ほおかぶ》りをして、例の梯子くずしを背中に背負《しょ》って、跛足《びっこ》を引き引き大門《おおもん》を潜りました。土手の茶屋で腹はこしらえて
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