ん畜生、今度は棒じゃあねえぞ、御馳走をしてやるんだぞ、それ、これを食え」
籠の中から取り出したのは竹の皮包の握飯《むすび》でありました。これはこの者どもの弁当ではなくて、犬を懐《なつ》けるために、ワザワザ用意して持って来たものらしくあります。
「さあさあ、樫《かし》の棒なんぞをがりがりと噛んでいたって仕方がねえ、これを食って温和《おとな》しくしろ、そのうちに痛くねえように皮を剥《む》いてやるから。殿様に頼まれたんだから、おれたちも晴れの仕事なんだ、あんまり騒がねえように剥《は》がしてくれろよ」
こう言って投げてやった握飯が、鼻の先まで転がって来たけれども、ムク犬はそれを一目見たきりで、口をつけようともしませんでした。
「おやおや、こん畜生、行儀がよくていやがらあ、こんなに痩《や》せっこけて餓《かつ》えているくせに」
二人の犬殺しは、拍子抜けのしたように立っています。
神尾主膳はこの頃、躑躅ケ崎の下屋敷へ知人を集めて、一つの変った催しをすることにきめました。それは或る時、神尾が二三の人と話のついでに、こんなことが問題になりました、
「精力の強い動物は、極めて巧妙にやりさえすれば
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