口で噛み砕かれていました。
「こん畜生、嚇《おどか》しやがる、こいつはなかなか一筋縄じゃあ行かねえ」
 犬殺しは胸を撫でながら、再びムク犬の傍へ寄って来ました。俄然として醒《さ》めたムク犬の勇猛ぶりは、確かにこの犬殺しどもの胆《たん》を奪うに充分でありました。けれどもその繋がれている巨大なる松の樹と、それに絡《から》まっている二重三重の鎖は、また彼等を安心させるに充分であります。
「いけねえ、いくら弱りきった畜生だからと言って、突然《だしぬけ》に棒を出せば怒るのはあたりまえだあな、犬も歩けば棒に当るというのはそれだあな、棒なんぞを出さねえで、もっと素直《すなお》にだましてかからなけりゃあ、畜生だって思うようにはならねえのさ」
 犬殺しどもは、何か不得要領なことをブツブツ言って立戻って来て、さきに卸して置いた籠を提げて、またムク犬の傍へ近寄り、
「どうだろう、まあ、この堅い棒を簓《ささら》のようにしやがったぜ、恐ろしい歯の力だ、死物狂いとは言いながら、まだこんなに恐ろしい歯を持った畜生を見たことがねえ、なるほど、これじゃあ殿様がもてあまして、鎖で繋いでお置きなさるがものはあらあ。さあ、こ
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