威勢あるムク犬ではありません。二人を見据える眼の力さえ、ややもすれば眠りに落つるような元気のないものであります。
「畜生、弱ってやがる、これなら大丈夫だろう」
 二人の犬殺しは、頭を上げたムク犬の相好《そうごう》を暫らく立って見ていたが、一人が棒を取り出して、
「やい、畜生、どうした」
と言って、その棒をムク犬の顋《あご》の下へ突き込みました。その時にムク犬は、眠そうな眼をジロリと※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》って、二人の犬殺しの面《かお》を下から見上げました。
「畜生、どうした」
 顋の下へ突っ込んだ棒を、犬殺しは自棄《やけ》にコジりました。
 その時に、眠っていたようなムク犬の眼が、俄然として蛍の光のように輝きました。それと共に、いま自分の顋の下へ自棄に突っ込んでコジ上げた棒の一端を、ガブリとその口で噛みつきました。
「こいつはいけねえ」
 電気に打たれたように、犬殺しはその棒を手放して一間ばかり飛び退きました。犬殺しの手から噛み取った棒は、ムクの口から放れません。牙がキリキリと鳴りました。さしもに堅い樫《かし》の棒の一端は、みるみる簓《ささら》のようにムク犬の
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