でございますから、御免を蒙ってお庭先へお通しを願いまして、お犬を拝見が致したいのでございますが、どなたもおいではございませんでございますか」
 二人の男は、極めて卑下《ひげ》した言葉で屋敷の中へ申し入れましたけれども、誰も返事をする者がありませんから、そのまま怖る怖る庭の中へ入って行きました。
 この二人の男の風態《ふうてい》を見ると、二人ともに古編笠を冠《かぶ》っていました。二人ともに目の細かい籠《かご》を肩にかけて、穢《よご》れた着物を着て、草鞋《わらじ》を穿《は》いていました。籠の中に数多《あまた》の雪駄《せった》を入れたところ、言葉つきの卑下しているところや、態度のオドオドしているところなどを見れば、一見してこれは雪駄直しか、犬殺しかの種類に属する人間たちであることがわかります。
「へえ、御免下さいまし、お犬を拝見に出ましてございます」
 誰も挨拶をするものがないのに、卑下した言葉をかけながら、泉水、池、庭を怖る怖る通って、例の馬場の松の大木の下までやって来ました。
「長太、これだこれだ、ここにいたよ、ここにいたよ」
 二人はたちどまって、やや遠くからムク犬の姿をながめて指さし
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