いことを、残念にも怨みにも、お君は一人でハラハラする胸を押えていました時に、帳場から一封の手紙を届けてきました。その手紙が宇津木兵馬宛になっていることを知って、ともかくも自分が預かることにする。まもなく宇津木兵馬は、一人で立帰って来ました。
昨夜の出来事を聞いて驚いた上に、さきほど預けられた手紙を渡されてそれを読むと、急いでいずれへか出かけました。
兵馬の出かけた先は、かの火薬製造所に駒井甚三郎を訪ねんためでありました。いつものところに来ておとのうてみたけれども、もうその人はそこにおりません。誰に尋ねてみることもできず、尋ねてみても知っている人はありません。
兵馬は空しく先刻の手紙を繰展《くりの》べて読んでみると、簡単に、
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「感ずるところあって、当所を立ち退く、行先は当分誰にも語らず、後事よろしく頼む」
[#ここで字下げ終わり]
というだけの意味であります。
駒井甚三郎はついにどこへ向けて立去ったか知ることができません。なにゆえに左様に事を急に立去らねばならなくなったのか、推察するに苦しみました。或いはその企てている洋行の機が迫ったために、こうして急に立
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