へ飛び下りました。庭へ飛び下りて用心梯子《ようじんばしご》まで来ると、それへ足をかけて、みるみる屋根の上へ登ってしまいました。雇人の国公は、先生として斯様《かよう》な挙動はありがちのことだから、別段に驚きもしないし、いま物狂わしく屋根の上へ登って行く道庵先生を見ても、それを抱き留めようともなんともしないのであります。
 それよりもいま、道庵先生が投げた薬研を、玄関の鋪石《しきいし》のところから拾い上げて、転《ころ》んだ子供をいたわるように撫《な》でていましたが、それが鋪石に当って、多少の凹みが出来たことを惜しいものだと思っています。先生がムキになって何かを抛《ほう》り出して大切の物を創《きず》にするのは、今に始まったことではありませんでした。
 この夜中に屋根の上へ登った道庵先生は、それでも辷《すべ》り落ちもしないで、やがて屋の棟《むね》の上へスックと立ちました。
 ここから見上げると、鰡八大尽の大厦高楼《たいかこうろう》は眼の前に聳《そび》えているのであります。道庵先生はそれを睨みつけながら、
「鰡八、鰡八」
と突拍子《とっぴょうし》もなく大きな声で怒鳴りました。近所の人はその声に夢
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