隠すことができないらしくありました。
 けれども、また直ぐに窓掛を下ろして、姿を研究室の奥深く隠してしまいました。駒井甚三郎は再びこの不快な一種の曝《さら》し物に眼を注ぐことはなかったけれど、ほどなくその裲襠と守り刀の袋とは、何者かの手によって取外されて、どこへか隠されてしまいました。
 それから程経て、馬を駆《か》ってその普請場から出て行く一個の人影を見ることができました。おそらくそれはその普請場を早朝から巡視に来た役人であったろうけれど、笠を深く被《かぶ》っていたから、誰とも知ることができません。
 その人は馬を駆ってやや暫らく行った時に、途中で行会った百姓男を呼び留めて、
「これこれ」
「はい」
「お前は王子の方へ行くと見えるな、気の毒ながらこれを扇屋まで届けてもらいたいものじゃ」
「へえへえ、よろしうございますとも」
 頼む人が身分ありげな人であって、頼む言葉も丁寧であったから、頼まれた百姓は恐れ入って承知をしました。幸い、この百姓は扇屋の方へ行くべきついでの百姓でありました。馬上の人が取り出したのは一封の手紙らしくあります。
「ただこの手紙を持って扇屋へ立寄り、名宛の人に渡し
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