まず安心というものでしょう。
「これがどうしたんだ」
 七兵衛はその裲襠と、がんりき[#「がんりき」に傍点]の面《かお》を等分にながめていると、がんりき[#「がんりき」に傍点]は、
「これがその、講釈で聞いた晋《しん》の予譲《よじょう》とやらの出来損ないだ、おれの片腕では、残念ながら正《しょう》のままであの女をどうすることもできねえんだ、時と暇を貸してくれたら、どうにかならねえこともあるめえが、差当って今夜という今夜、あれを正のままで物にするのはむつかしいから、そのあたりにあったこの裲襠と、床の間にあったこの二品、どうやらこれが金目のものらしいから、引浚《ひっさら》って出て来たのだ。ともかくも、これだけの物があれば、これを道具に能登守にいたずらをしてやる筋書は、いくらでも書けようというものだ。この裲襠を見ねえ、地は縮緬《ちりめん》で、模様は松竹梅だか何だか知らねえが、ずいぶん見事なものだ、それでこの通りいい香りがするわい、伽羅《きゃら》とか沈香《じんこう》とかいうやつの香りなんだろう、これを一番、能登守に持って行って狂言の種にして、奴がどんな面をするか、それを見てやりてえものだ。こっち
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