傍点]はなお得意になって、七兵衛をも尻目にかけながら、
「俺らは、ただこうして溜飲を下げさえすりゃそれでいいのだ、なにもこのお部屋様を、煮て喰おうとも焼いて喰おうとも言いはしねえのだ、これから先の料理方は兄貴次第だ、よろしくお頼み申してえものだな」
 がんりき[#「がんりき」に傍点]はこんなことを言って、さて猿臂《えんぴ》を伸ばして稲荷の扉の中へ手を入れて、何物をか引き出そうとしました。それは七兵衛にとっても多少の好奇心であり、また心安からぬことでないではありません。この野郎、ほんとうにその女をここへ浚《さら》って来たのかどうか、本来、こういうことを手柄に心得ている人間にしても、あまりに無茶で、乱暴で、殺風景であるから、七兵衛もムッとして苦《にが》い面《かお》をして、がんりき[#「がんりき」に傍点]を睨めていました。
「それこの通りだ」
と言ってがんりき[#「がんりき」に傍点]が、苦い顔をしている七兵衛の眼の前へ突きつけたのは、やや身分の高かるべき女の人の着る一領の裲襠《うちかけ》と、別に何かの包みでありました。幸いにしてそこには、この裲襠を纏《まと》うていた当の人の姿は見えないから、
前へ 次へ
全172ページ中83ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング