てられた時分には、七兵衛もがんりき[#「がんりき」に傍点]も、さいぜんの権現の稲荷の社前へ来ていました。
「兄貴、細工は流々《りゅうりゅう》、この通りだ」
 がんりき[#「がんりき」に傍点]は社前のところへ腰をかけて自慢そうに鼻うごめかすと、七兵衛も同じように腰をかけて苦笑い。
「いったい、そりゃ何の真似だ」
「何の真似だと言ったって兄貴、お前と俺《おい》らが甲府でやり損なった仕返しが、どうやらここでできたというもんだ、自分ながら思い設けぬ手柄だ、兄貴の前だけれども、こういうことはおれでなくってはできねえ芸当なんだ。そもそもここへ連れて来た女というのを、兄貴、お前はいったい誰だと思うんだ、お前のその皮肉な笑い方を見ると、またおれが女中部屋の寝像《ねぞう》に現《うつつ》を抜かして、ついこんな性悪《しょうわる》をやらかしたように安く見ていなさるようだが、憚《はばか》りながらそんな玉じゃねえんだ。もっとも、おれもはじめからその見込みで入ったわけではなし、兄貴の差図で入ったのだから、手柄の半分はお前の方へ譲ってもいいようなものだが、兄貴だって、この代物《しろもの》がこの通りということはまだお気
前へ 次へ
全172ページ中80ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング