がつくめえな。おれが語り聞かした上で、それと合点《がてん》がゆきゃあ、なるほど、百、手前の腕は片一方だが、両腕のあるおれが恐れ入ったものだ、見上げたものだと、ここに初めて兜《かぶと》を脱ぐに違えねえ」
「何を言ってやがるんだ」
「まあまあ、緒《いとぐち》から引き出して話をする。そもそも兄貴とおれとが、甲府のお城のお天守の天辺《てっぺん》でしたあのいたずらから事の筋が引いてるんだ。あの時、二人で提灯をぶらさげて、甲府の町のやつらを噪《さわ》がせて、天狗だとか魔物だとか言わせて、溜飲《りゅういん》を下げてみたけれど、憎らしいのはあの勤番支配の駒井能登守という奴よ、あいつが鉄砲を向けたばっかりにこっちは、すっかり化けの皮を剥がれて、二度とあの悪戯《いたずら》ができなくなったんだ。それも兄貴、あの時に、あの能登守という奴が、打つ気で覘《ねら》いをつけたんなら、兄貴の身体でも、俺らの身体でも微塵《みじん》になって飛ぶはずのところを、ワザと提灯だけを打って落したのが皮肉じゃねえか。あんまり癪《しゃく》にさわるから、その後、なんとかあの能登守に、いたずらをしかけて溜飲を下げてやらなくちゃあ、七兵衛は
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