消息《たより》を待って動かないのは、何か自信があるらしいのであります。
果して縁側の戸が一枚あけてあったところから、人の頭がうごめき出でました。
「出たな」
と言って七兵衛は微笑《ほほえ》みました。
なるほど、それは人影である。闇の中でも慣れた目でよく見れば、中から這い出すようにして庭へ下りる人は、小脇に白い物を抱えていることがわかります。その物は何物であるかわからないけれども、それを片腕に抱えて、極めて巧妙に家の中から脱け出して来たものであることが一見してわかります。
七兵衛は、じっとその様子を見ていました。果してその黒い人影は庭へ下り立ったが、そこで前後を見廻して暫らく佇《たたず》んでいました。
待っていたこの裏木戸へ来たら、出会頭《であいがしら》に取って押えてやろうと、ほほえんでいた七兵衛のいる方へは、ちょっと向いたきりで人影は、庭の燈籠《とうろう》の蔭へ小走りに走って行くと、急に姿が見えなくなりました。
「おや?」
七兵衛は少しばかり泡《あわ》を食って、再び眼を拭って見たけれど、それっきり人影が庭から姿をかき消すようになってしまったから、
「出し抜かれたかな」
木の
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