て息を詰めて仕事にかかるがものはねえんだ、兄貴にしちゃあ、近頃の眼違いだ、お気の毒のようなものだ」
少しばかり、せせら笑ってかかると、七兵衛はそれを気にかけないで、
「それに違えねえ。おれも様子を見てから、こりゃ抜かったと直ぐに気がついたから、引上げようと思ってると、手前《てめえ》が何に当りをつけたか、奥の方へグングンと入り込んで出て来ねえから、引返すわけにもいかなかったのだ。こりゃあ強《あなが》ち俺の眼違えというわけでもねえのだ、この間までは確かにここが会所になっていたのだが、普請が出来上ったから、あっちへ移ったのだろう、あんまり遠いところでもねえから、ひとつこの足でその新しい普請場の方へ出かけてみよう」
「なるほど」
「さあ出かけよう」
この二人は、板橋街道で打合せた通り、王子の扇屋を覘《ねら》ったものであったに違いないが、その見込みが少しく外《はず》れたものであるらしい。けれども外れた見込みは、遠くもないところで遂げられそうな自信をもっているらしい。七兵衛は、百蔵を引き立て、その方へ急ごうとすると、がんりき[#「がんりき」に傍点]はなぜか、あんまり進まない面《かお》をして、
前へ
次へ
全172ページ中75ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング