、突っついてみたら一箱や二箱の仕事はあるだろうと思う」
「そいつは耳寄りだ、兄貴、お前はいいところへ気がついていた」
「だから、そうきまったらどこかで一休みして、ゆっくり出かけるとしよう」
「合点《がってん》だ」
こう言って二人は、板橋街道の夕暮を見渡しました。
その晩になって、王子権現の境内へ二つの黒い影が、異《ちが》った方からめぐり合わせて来て、稲荷《いなり》の裏でパッタリと面《かお》が合いました。
「兄貴」
「百か」
前の通り二人は百蔵と七兵衛とです。板橋街道の夕暮で見た二人の姿は、純然たる旅の人でありました。ここでは忍びの者のような姿であります。けれども二人とも脇差は差していて、足もまた厳重に固めていました。
「どうした」
「冗談じゃねえ」
頭と頭とを、こっきらこ[#「こっきらこ」に傍点]とするほどに密着《くっつ》けて、百蔵が、
「役人の会所になっているというから、様子を見ていりゃあ、役人らしいのは一人も泊っていねえじゃねえか、それに普請《ふしん》のお金方《きんかた》とやらも詰めている塩梅《あんばい》はねえし、ふりの宿屋と別に変った事はねえ、なにも俺らと兄貴が、こうし
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