でありました。挙動だけが使者を驚かすのみでなく、その言葉も彼等の度胆《どぎも》を抜くに充分なものでありました。
「さあ承知ができねエ、もう一ぺん言ってみろ、手前《てめえ》たちはどこから、誰に頼まれて来たのか、もう一ぺん言ってみろ」
 先生は薬研を眼よりも高く差し上げて、鰡八大尽の使者を睨《にら》みつけたところは、かなり凄《すご》いものでありました。
「私共は、お隣の鰡八大尽の邸から上りました……」
「鰡八がどうした、その鰡八がどうしたと言うんだ」
「鰡八の御前が急に御大病におなりなさいましたから、先生に診《み》ていただきたいと思って上りました」
「それからどうした」
「もともと鰡八の御前は、滅多《めった》なお医者様にはおかかりにならないお方でございます、立派なお医者様をお抱え同様にしてあるのでございますが、なにぶん今晩のところは、急の御病気だものでございますから、よんどころなく先生のところへ上ったわけなのでございます」
「そうか、よんどころなく俺のところへ頼みに来たのか、よく来てくれた」
「何が御縁になるか知れたものではございません、これからこちらの先生も、大尽へお出入りが叶《かな》う
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