あるものだ、頼まれる方へ向ってすべき挨拶を、頼む方からしてしまっている、急病で気が顛倒《てんとう》しているとは言いながら、おかしな奴等だと道庵先生は、腹の中でおかしがっていました。
道庵先生にも解せなかったように、取次の国公にも解せなかったから、眼をパチパチして、
「いったい、どちらからおいでなすったんでございます」
「どちらから? そうそう、それそれ、このお隣の大尽から参りました、大尽がただいま御急病でいらっしゃるから、それでお使に」
使の者がこう言った時に、
「馬鹿野郎!」
道庵先生がバネのように起き上りました。
「何でえ、何でえ」
道庵先生がムックリと跳《は》ね起きて、寝巻の帯を締め直す隙《ひま》もなく、枕許にあった薬研《やげん》を抱えて玄関へ飛び出しました。
もし先生が心得のある武士であったなら、薬研を持ち出すようなことはなかったでありましょうけれど、先生の枕許には、別段に武器の類《たぐい》を備えてありませんでしたから、先生はあり合せの薬研を抱えて飛び出したものであります。そうして玄関へ飛び出した先生の挙動は、確かに鰡八大尽《ぼらはちだいじん》の使者を驚かすに足るもの
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