この兵馬が殺して上げる、それまでは不足ながら万事を拙者にお任せ下さい、必ず悪いようには致さぬ、もしそれを聞かずに再びこのような短慮な事をなさる気ならば、拙者にも了簡《りょうけん》がある」
兵馬は言葉を強くしてこう言いました。けれどもお君は、それに対して何の返事もできないのであります。
「さあ、御返事をなさい、この上とも万事を兵馬にお任せ下さるか、それがいやならば、この短刀をお返し申す故、この場で改めて自害をなさい、兵馬が介錯《かいしゃく》をして上げる、介錯した後にはこの兵馬も、そのままではおられませぬ」
兵馬はなお手強く言って、お君の口から誓いの言葉を聞こうとするらしくあります。
「そのお返事のないうちは、この場を去りませぬ」
兵馬はお君に向って、あくまでその返答を迫るのであります。
「宇津木様、わたくしには何もかもわからなくなりました、お前様のよろしきように」
ともかくもその場はお君を取鎮め、万事を我に任せろと頼もしいことを言って力をつけたものの、兵馬自身によくよく衷心《ちゅうしん》を叩いて見ると、それは甚だ覚束《おぼつか》ないことです。身一つの処置をどうしてよいかわからない
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