というのは、お君が自分でわからないのみならず、兵馬はなお分っていないのであります。慢心和尚から頼まれて引受けて来た時もわかってはいない、苦心を重ねてようやく能登守を尋ね当ててそれを計ってみると、いよいよわからなくなりました。
 能登守の立場を見れば、それにお君を会わせて自分が帰ってしまうことはどうしてもできないことであります。そうかと言ってまた甲州へ連れて戻るわけにはゆかず……結局、どうすればよいのだか兵馬は、迷いに迷ってしまいました。
 迷いに迷った揚句《あげく》に、兵馬が思い起したのは、道庵先生のことであります。この人へ真面目《まじめ》に相談をかけることは、張合いのないようなことだけれど、お君という人を暫らく保護してもらうことは、或いは頼みにならないことでもないと思いました。兵馬はここでともかくも、道庵へ行って相談しようとする心をきめました。

 その翌日、兵馬が道庵を訪れようと用意しているところへ案内があって、一人の立派な武士が兵馬を訪ねて来たということであります。
「はて、誰だろう」
 兵馬はここへ自分を訪ねて来る立派な武士があろうとは、予期していないことでありましたが、迎えて
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