ま》を蹴開いて、お君の寝室へ跳《おど》り入りました。
お君は端坐して、その手には、さきほど能登守から贈られたという袋入りの短刀の鞘《さや》を払っていたのであります。
お君は能登守からの短刀の鞘を払って、あわやと見えるところでした。兵馬はその手を押えました。
「ここで御身を殺しては、能登守殿にも申しわけがない、甲州から頼まれた人たちへも申しわけがない、これまでの苦心が仇《あだ》になる、短慮なことをなされるな」
兵馬に抑えられたお君は、それを争うことができません。お君としては、兵馬の寝鎮《ねしず》まるのを待って、用意の上に用意しての覚悟でありました。けれども、油断なき兵馬の心に乗ずることができませんでした。
「ああ、わたくしの身はどうしたらよいのでございましょう、あの立派な殿様を、世間にお面《かお》の立たぬようにしたのも、わたくしでございます、あなた様にこんな御迷惑をかけるのも、わたくし故でございます、生きていてよいのか、死んでしまってよいのか、わたしにはわかりませぬ」
短刀を取られてしまったお君は、そこへ泣き伏しています。
「お君殿、そなたの身の上を頼まれたは拙者、殺してよい時は
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