がら祈るばかりでございまする、この下され物もその心で有難く頂戴致しまする」
 今まで手にも触れなかった袋入りの物と、帛紗包《ふくさづつ》みの二品を手に取って、お君は懇《ねんご》ろに推しいただきました。
 兵馬はなお何か言いたいと思ったけれども、何も言うことがないのに苦しみました。それは余りにお君の態度が神妙であったからであります。余りによく解り過ぎてしまったために、兵馬は何を言ってよいかわからなくなりました。
「宇津木様、もう夜も更けました、どうぞお休み下さいませ。わたくしも疲れました、御免を蒙りとうございまする」
 お君は二品を膝に置いて、言葉丁寧に言いましたけれど、兵馬にはそれが、いつものようでなく、冷たい針が含まれているように思われてなりません。さりとて、なんともその上に加えねばならぬ言葉はないので、
「しからば余談は明日のこと、御免を蒙りましょう」
 なんとなく物のはさまったような心持で、兵馬は己《おの》れの部屋へ帰って寝ようとしたけれども、まだなんとなく心がかりであります。
 次の間の物音によく心を澄ましているらしかったが、何に驚いたか兵馬は、ガバと起《た》って隔ての襖《ふす
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