ら西洋がお好きでございました、わたくしのことなんぞを今ここで申し上げたとて、お取り上げになろうはずがござりませぬ、もうあのお方のお心のうちは、西洋の学問やなにかのことでいっぱいなのでございます、わたくし風情《ふぜい》が何を申し上げたとて、それに御心配をなさるような、賤《いや》しいお方ではござりませぬ、それだけお聞き申せば、もう充分でござりまする」
お君としては冷やかな言い分でありました。その冷やかな言い分のうちには、多くの自棄《やけ》の気味、自棄と言わないまでも、全くの失望をわざと冷淡に言ってのける頼りない心持を、兵馬にあっても見て取れないというわけではありません。
「悪く取ってはなりませぬ、能登守殿のお身の上を推量すると、拙者にはお気の毒でお気の毒で、どうも立入って強いことが言えない」
兵馬はお君を慰めようとして、能登守の身の上に同情を向けさせようとしました。しかしお君は、やはり冷やかな態度を変えるのではありません。
「どう致しまして、わたくしが殿様のお心持を、よからぬように御推量申し上げるなぞと、そのようなことがありますものか、どうか御無事で洋行をしておいであそばすように、蔭な
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