テレンというところに、最良の火薬機械の製造所があるということじゃ、その工場をぜひ見て来たいものだと思うている、しかし、それは他国の者には見せぬということじゃ、やむを得ずんば職工になって……君のように労働者の風《なり》をして、忍んで見て来たいと思うている」
「君は拙者と違って美《よ》い男だから、労働者にするはかわいそうじゃ。しかしそれだけの勇気のあることが頼もしい。そして、いつ出かけるつもりだ」
「来月の半ばに下田を出る仏蘭西《フランス》の船があるから、それに便乗することに頼んでおいた、それでこの通り頭もこしらえてしまっている」
「一人で行くのか」
「従者を一人つれて行く、そのほかには今のところ伴《つれ》というものはない」
「おれも一緒に行きたいな、羨《うらや》ましい心持がするわい」
と南条は笑いました。
「君が一緒に行ってくれれば拙者も甚だ心強いけれど、それが知れたら、それこそ第二の吉田松陰じゃ」
「それでは諦《あきら》めて、君の帰りと土産《みやげ》とを待っていよう。しかし、君が帰って来る時分には、日本の舞台もどう変っているかわからん、君の土産が江戸幕府のものにならないで、或いはそっく
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