り我々が頂戴するようになるかも知れん」
「そんなことはあるまい」
駒井甚三郎は微笑していました。
この二人は前に言ったように、高島四郎太夫の門下に学んだ頃からのじっこんでありました。その故に地位だの勢力だのというものは頓着なしに、いつも会えばこうして、友達と同じような話をするのであります。
「思い切りのよいのに感心する、我々は西洋の学問と技術はエライと思うけれど、頭までそうする気にはなれぬ」
と言って南条は、この時はじめてらしく駒井甚三郎の刈り分けた仏蘭西《フランス》式の頭髪をながめました。
「ひと思いにこうしてしまった、洋式の蓮生坊《れんしょうぼう》かな」
甚三郎は静かに、艶《つや》やかな髪の毛の分け目を額際《ひたいぎわ》から左へ撫でました。
「でも髷《まげ》を切り落す時は、多少は心細い思いがしたろうな」
「なんの……」
「そうだ、駒井君」
南条はこの時になって、一つの要件を思い当ったらしく、
「君は一人で洋行するそうだけれど、君の周囲に当然起るべきさまざまの故障について、善後の処置が講じてあるのか。一身を避ければ、万事が納まるものと考えているわけでもなかろう」
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