た細長い形のよい玉を取って、卓子《テーブル》の上から南条の方に突き出しました。
「なるほど」
 南条はその船体を見ることが、いよいよ熱心であります。
「どうも、こうして調べて実地に当って見れば見るほど、我ながら知識の足らないことと経験の浅いことが残念でたまらぬ。だから拙者は思い切って洋行してみようと思っているのじゃ」
 駒井甚三郎がこう言うと、小型の蒸気船の模型を見ていた南条が、急に駒井の面《かお》を見て、
「ナニ、洋行?」
と言いました。
「その決心をしてしもうた」
「それは悪いことではない、君の学問と才力を以て洋行して来れば、それこそ鬼に金棒じゃ」
「書物と又聞《またぎき》では歯痒《はがゆ》くてならぬ、それに彼地《あっち》から渡って来る機械とても、果してそれがほんとうに新式のものであるやらないやらわからぬ、彼地ではもはや時代遅れの機械が日本へ廻って、珍重がられることもずいぶんあるようじゃ、このごろ、少しばかり火薬の製造機械を調べているけれど、思うように感心ができぬ、何を扨置《さてお》いても洋行したい心が募って、じっとしてはおれぬ」
「大いに行くがよい」
「白耳義《ベルギー》のウェッ
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