た。身につけているのも筒袖の着物と羽織に、太い洋袴《ズボン》を穿《は》いています。
この人としてはこういう形をすることもありそうなことだけれど、その当時にあっては、破天荒《はてんこう》なハイカラ姿でありました。この姿をしてうっかり市中を歩いて、例の攘夷党の志士にでも見つかろうものならば、売国奴《ばいこくど》のように罵られて、その長い刀の血祭りに会うことは眼に見えるようなものであります。幸いなことに、この人はここに引籠っているから、この急進的なハイカラ姿を、何者にも見つからないで済むのでありましょう。
能登守――と言わず、これからは駒井甚三郎と呼ぶ――はいま椅子へ腰を卸すと共に、額に滲《にじ》む汗を拭いて、ホッと息をついて空《むな》しく天井をながめていました。
この室内の模様は、前に甲府の邸内にあった時と、ほぼ同じような書物と、武器と、それから別に、洋式の機械類と薬品などで充満していました。
吐息《といき》をついた駒井甚三郎は、やがて両の手を面《かお》に当て、卓子に臂《ひじ》をついて俯向《うつむ》いていました。それからまた身を起し、肱掛《ひじかけ》に片腕を置いてじっと前の卓上をな
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