らなんだ、なるほど、駒井か、駒井ならばあすこに隠れていそうな人だわい、これで万事がよくのみこめる、そうか、そうか」
南条は幾度も頷《うなず》きました。
「今も能登守殿の話に貴殿の噂が出たところ。貴殿ならば、隠れておられる能登守殿も喜んで会われることと思う」
「会ってみたい、そう聞いては今夜にも会ってみたい」
五
権現社頭から帰って来たのは駒井能登守であります。今は能登守でもなければ勤番の支配でもありません。一個の士人としては到底、世の中に立てなくなった日蔭者の甚三郎であります。
例の滝の川の火薬製造所の秘密室までは無事に帰って来て、真暗な室内の卓子《テーブル》の上を探って、その一端を押すと室内がパッと明るくなりました。
頭巾《ずきん》を取って椅子に腰を卸《おろ》した能登守を見ると、姿も形もだいぶ前とは変っていることがわかります。まずその髪の毛を、当時異国人のするように散髪にして、真中より少し左へよったところで綺麗《きれい》に分けてありました。それから後ろの襟へかかったところまで長く撫で下ろした髪の末端を、鏝《こて》を当てたものかのように軽く捲き上げていまし
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