では馬を曳いてがんりき[#「がんりき」に傍点]を追い飛ばした馬子、ここでは土を担いだり石を運んだりさまざまに変幻出没するけれど、要するに同一の人で、あのとき南条といわれて通った浪士らしい男であります。
縄張外に立てられた土方部屋を、夜中に密《そっ》と抜け出して手拭をかぶりつつ、作事小屋の方へ忍んで行くのもその人であります。どこへ何の目的あって行くのかと思えば、柵《さく》を乗り越えて、作事小屋の中へ足を踏み込みました。
工事の頭取と公儀の重役とが秘密に会議をする作事小屋の一室――そこをめざしてこの仮装の労働者は忍んで行くもののようであります。この男が秘密室を探ろうとするのは、今夜に始まったことではないのであります。
毎夜のようにその辺を探ろうとして忍ぶものらしいが、いつもその目的を達せずして帰るもののようであります。今宵もまたその通りで、空《むな》しく工夫部屋まで引返したのは、やはり例の秘密室の構造が厳重なのか、或いは中にいる人の用心が周到なので近寄れなかったものと見えます。
そうしているうちに、この火薬製造所の工事は進んで行くのであります。右の南条と覚しき奇異なる労働者は、相変
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