いに過ぎませんでした。この火薬の製造所を計画した小栗上野介は一流の人傑で、幕府においての主戦論者の第一人でありました。勘定奉行にして陸海軍奉行を兼ね、勝も大久保も皆その配下に働いたものであります。この火薬の製造所とても、西の方に起る大きな新勢力に対する用意の一つであることは申すまでもありません。王政維新を叫ぶ西の方の諸藩の人にとって、この火薬製造所の計画が、尋常のものとして見過ごされないのは当然であります。
 この工事に入っている土方や人足にも、相当の吟味《ぎんみ》をして入れなければならないはずなのが、どうしたものか、少なくとも、たった一人だけ穏かでない人足を入れてあることは、役人たちの大きな手落ちと言おうか、それともその一人が変装と素性《すじょう》を隠すことの巧《たく》みなためと言おうか、とにかく、その土を担いだり、石を運んだりする人足のうちに、気をつけて見れば、それと気のつけらるべき男が一人あります。
 それは、甲府の破獄以来のことを知ったものには、指して言いさえすればすぐわかることなので、あの時、牢屋を破った主謀者、後には偶然、駒井能登守邸にかくまわれた奇異なる武士、また甲州街道
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