たという評判を聞いた後も、その注目をゆるめることなく、そののち向岳寺に、見慣れぬ尼が送り届けられているということを聞いて、途中でその女を奪い取らせようとしました。
お松が神尾の屋敷を脱け出したのは、その間のことでありました。向岳寺から出た乗物を奪わせようと計ったことが、さんざんの失敗に終ったという報告も同時に齎《もたら》されたが、主膳がそれと聞いて何とも言わずに苦笑いして、寝込んでしまったのもその時分のことです。
甲府城内の暗闘とか勢力争いとかいうことは、それで一段落になりました。
別家にいるお絹という女にとっても、このごろは同様に荒《すさ》んだ有様がありありと見えます。出入りの誰彼との間に、いろいろとよくない噂が口に上るようになりました。或いは当主の主膳と、このお絹との間柄をさえ疑うものが出て来るようになりました。
それらの不快や不安を紛らわすためかどうか知らないが、神尾を中心として酒宴を催されることが多くなり、お絹もまた、その別家へ人を招いては騒々しい興に、夜の更くることを忘れるようなことが多くありました。それから勝負事は一層烈しくなり、お絹までが勝負事に血道《ちみち》を上
前へ
次へ
全172ページ中38ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング